新人法務マン向けの契約審査ポイント解説。
今回は秘密保持契約です。
1 秘密保持契約の位置づけ
契約書のタイトルとしては、機密保持契約、守秘義務契約、Non-Disclosure-Agreement(NDA)、 Confidentiality Agreementなど、いろんな呼ばれ方をしますが、おそらく新人法務マンに最初に振られる契約として、一番ポピュラーなのが秘密保持契約ではないでしょうか?
少なくとも、私が勤めていた会社では、OJTの慣例として新人は秘密保持契約から審査させる扱いになっていました。
何かしらの取引開始が検討される場合、まずは「お互いにメリットのある取引ができるか?」を確認しなればなりません。
そのためには、ある程度、商売上の重要な情報(新製品の技術情報、顧客リスト、あるいはそのような新ビジネスの検討をしている事実そのものなど)をお互いに交換して、メリットがあるかを吟味する必要があります。
一方で、それらの重要な情報を相手が勝手に利用して利益を上げたり、世間に公表されたりすることを防がなければ、安心して相手方に秘密情報を開示することはできません。
このように、秘密保持契約はビジネスの流れの中でかなり早いタイミング(いわゆる上流)で締結が検討されるものです。
この辺りの一般論を踏まえたうえで、秘密保持契約の審査で重要なポイントはどこかを解説していきます。
2 各チェック項目の解説
(1)契約の対象となる業務の目的と範囲が具体的である
本来、契約の有効要件(契約内容が①確定していること、②強行法規に反しないこと、③社会的妥当性を有していること※)に関わるため理論的に重要であり、実務上もここを具体的に特定しておかないと、担当者の交代や時間の経過により、一体どのプロジェクトのための秘密保持契約なのかが分からなくなることもあります。
※契約の実現可能性
2017年の民法改正前は、上記3つの契約の有効要件に加えて「契約内容が実現可能であること」も挙げられることが一般的でした。
実現不可能な契約(例えば「火星の土地所有権を譲渡する」といったおよそ実現可能性がない取引)を法的に保護する必要はない、という考え方ですね。
しかし、現行民法では「実現不可能な契約の履行は請求できないが、損害賠償は可能=民法上有効な契約として法的保護を与える場合がある(民法412条の2参照、e-GOV)、と考えるのが有力なようです。
もっとも、「業務の目的」は案件ごとに異なる内容になるため、ひな形では空欄にならざるを得ません。
このような空欄個所に「ここに対象業務(プロジェクト)や目的を明確に記載してください」という注意書きをしても、事業部門の人には無視/見落とされることも多く(空欄のまま契約締結してしまう)、頑張ってひな形を作成した法務マンとしては少し悲しい事態が発生しがちです。
実際はメール、社内の企画書、担当者の記憶などから「どのプロジェクトの秘密保持契約か?」というのは特定できることが多いので、空欄でもあまり困ることはありません。
しかし、例えば、不利な内容で締結せざるを得ない場合に、「契約の適用範囲を限定する」という狙いで重要な役割を持つこともあります。
(2)秘密情報の定義が明確になっている
「図面、技術指示書、3Dモデル(データ)、企画書・・・」と具体例を限定列挙する場合もあれば、「本件業務の成立可能性を検討する上で、書面又は口頭で交換した一切の情報」といった包括的な定義をする場合もあります。
どちらが良いという話ではなく、「相手とやり取りする情報が何か?」を具体的に把握することが大事。
例えば、サプライヤーに「特定の〇〇という形状・性能の部品を作らせたい」ということなら、図面などの具体例列挙の方が秘密保持の対象範囲が明確になって良いでしょう。
他方、業務提携やいわゆるM&Aの場合は「まずお互いに広く浅く情報交換をしてからビジネスの形を検討する/買収や事業譲渡の検討に必要なあらゆる情報を検討する」のが目的になりますから、ある程度包括的な定義にならざるを得ないでしょう。
適切な定義規定にするためには「自分の会社のことをよく知る」ことが大事です。
(新人法務マン向け契約審査の4つの心得参照)
(3)相手方が我々の情報を秘密にする義務を負っている
当たり前ではありますが、自分達から「機密情報」=「大事な守りたい情報」を相手方に渡す場合は、きっちりと相手方が秘密保持義務を負うことが明記されているか確認しましょう。
ここは相手が得意先であろうと、遠慮するところではありません。
(4)秘密情報の目的外使用が禁止されている
例えば、秘密保持契約を締結して業務提携の可能性を検討したが、採算性が見込めずにクローズとなった場合に、実は我々から提供した技術情報が第三者や他のビジネスで使えることに相手方が気付き、契約終了後に勝手に我々の情報を利用して儲けたら、「ちょっと待て」となりますよね。
そういった不測の事態に備えるためにも、目的外使用の禁止は非常に重要です。
当たり前すぎる内容のためか、目的外使用禁止の条項がない契約書ひな型もたまに見るのですが、(1)の「業務の目的と範囲」が具体的であれば「目的外に秘密情報を使うな」と言うだけで下記の(5)~(10)で懸念しているリスクの大部分を回避・低減できるとも言えます。
なので、私は「目的外使用禁止」条項を秘密保持契約の中で一番重要な規定と考えています。
(5)我々の許可なく相手方は第三者に秘密情報を開示できない
「秘密なんだから、勝手に世の中や第三者に開示するな」ということで、機密保持契約の内容としては一番イメージしやすい内容かも知れません。
ただ、例外の場面(お互いの許可なく情報共有できるケース)を上手く設定しないと実務が回らなくなる、というちょっと視点を変えた文脈で重要になることが多い条項です。
子会社は取引内容次第では親会社の決裁が必要となって親会社との情報共有が避けられない場合もあるでしょうし、業務提携やM&Aではデュー・ディリジェンスのために弁護士・会計士・税理士といった社外専門家への情報共有が必須な場合もあるでしょう。
お互いの許可なく第三者に秘密情報を開示できる場合でも、「第三者への開示の際に、契約当事者と同等内容の秘密保持義務を第三者に課す必要がある」とか、「第三者の秘密保持義務違反については、当該第三者に開示した者が責任を負担する」といった歯止めをかけることも大切です。
(6)契約終了後、相手方は、我々に対し秘密情報の返還義務を負う
契約終了後は、相手から機密情報を可能な限り取り戻して、勝手に使わせないようにする必要があります。
情報はモノとは違って、相手の頭に入ってしまったら取り戻すことは現実には不可能ですが、それでもある程度実効性のある手段として、有体物(紙媒体や磁気媒体など)で渡した情報はきちんと取り返せるようにしましょう。
実効性はやや劣りますが、「契約終了後は機密情報を廃棄する義務を負う。」といった内容を一緒に定める場合も多いです。
(7)相手方の秘密保持義務違反に関し、損害賠償額の上限がない
「機密保持義務違反により実際に発生した経済的損失の算定が困難である」といったことを理由に、損害賠償額に上限を設定するケースがあります。
不正アクセスによる膨大なデータの漏洩や、膨大なデータが一瞬で消失するリスクのあるシステムサービス会社やソフトウェア会社などのひな型に多い印象です。
損害賠償に上限額があることが絶対にダメだというわけではないですが、我々が被害を受けた場合に現実的に想定できる損害額を大幅に下回っていないか?、相手方の秘密保持義務違反が「悪意または重過失」に基づく場合は上限超過額を免責する理由はないのではないか?、ということは考えるべきです。
(8)業務遂行の過程で生じた発明・知財権の取扱い方法が明記されている
何か新しい技術やサービス開発のための情報交換を目的としておらず、新しいノウハウや知財権が発生する可能性がなさそうなら、必ずしも必要な条項ではありません。
しかし、新しいノウハウや知財権が発生する可能性が少しでもあるなら入れておくべき条項でしょう。
秘密保持契約はビジネスの最初の段階で締結することが多いので、「発明者が所属する側に権利が帰属する」(発明者主義)や、「新規の発明が生じた場合は、当事者は、他方当事者にその旨を通知し、当該発明の取り扱いについて協議する」といった簡単な内容になることが多いです。
(9)適切な契約の有効期間が定められている
これも(1)と同様に、ひな形では空欄になっているため、事業部門の人には見落とされることも多いですが、秘密保持契約では「開示された秘密情報をいつまで秘密にするのが妥当か?」という観点で重要になってきます。
本来、事業部門の人にしかわからない判断なのですが、上記のように放っておくと無視されることが多いので、法務マンとしてプロジェクトの内容をしっかり踏まえつつ、「妥当な期間はこれくらいじゃないですか?」と提案ぐらいはすべきだと思います。
事業部門の依頼者が無責任な場合(契約に関して自分は素人だし「自分以外の誰か責任を負うべき」みたいな人は一定数いる印象です)は、「永久(期限の定めなし)」などにしてしまいましょう。
(10)契約終了後の秘密保持義務につき、適切な残存期間が定められている
(9)と似ていますが、契約期間終了後(契約の失効後)、秘密保持期間をどれくらいに設定するか?という話です。
秘密保持契約単体で考えると「守りたい情報があるなら有効期間を延ばす方が安全では?」とも思えます。
しかし、秘密保持契約以外の契約書も含めて考えると、例えば、業務委託契約で「もう委託業務はやってもらわなくてもいいから契約は終了させるけど、委託期間中に知り得た我が社の秘密情報を漏洩してもらっては困る」というときには意味があります。
秘密情報に新規性が無くなって守る価値が無くなる(陳腐化)のにどれくらいの期間が掛かるか?、あるいは自分たちがその秘密情報を使って十分な(満足できる)利益を上げるのにどれくらいの期間が欲しいか?、といった観点で期間を設定していくことになります。
やはり(9)と同様に、事業部門の人にしかわからない判断なので、法務マンから積極的に事業部門に働きかけて「決めさせる」べきだと思います。
3 まとめ
以上、秘密保持契約の審査ポイントとして10項目を見てきました。
上記10項目以外にも、案件の内容によっては別に盛り込むべき条項や、手厚く詳細に義務の内容を記載しなければならないケースもあるでしょう。
例えば、競合会社同士が業務提携を検討する場合に、お互いの製品の販売価格や得意先リストといった情報を何も気にせず交換すると、独禁法違反(カルテル行為)を疑われてしまいます。
そのため、私の経験としても、情報交換に参加するメンバーを経営企画部門の人間に限定する(特に営業部門の人間をメンバーから除外する)、情報交換参加メンバーは社内でも経営層以外への情報開示をしてはならない、といった特殊な条項を秘密保持契約に設けたことはあります。
しかし、そういった特殊なニーズがある場合でも、基礎となるのは上記「チェック項目1~10」です。
しっかりとした基礎の上に応用(特殊なニーズ)の部分を組み立てて行くことで、事案に即した契約審査と修正案の作成(さらに、その先は契約書案自体のゼロからのドラフト)の力が身に付いて行きます。
本記事が法務マンの皆さんの参考になると幸いです。
以上