新人法務マン向け契約審査の4つの心得

約10年間、上場企業の法務専任担当者として契約審査業務に携わってきた経験に基づいて契約審査の心得をまとめた記事です。

はじめに

私は約10年間、会社の法務部で契約審査に関わってきました。
何件くらいだろう?

日本にいたときは英文契約が中心で、中国に赴任してからは当然中文契約が多い。
日本では担当者として修正案の作成がメイン、中国では管理職として部下の修正案の決裁がメイン、という感じでした。
日本では担当案件数は少なめだが1件当たりの分量は多め(20頁から100頁くらい)という案件が多く6年で200件くらい。
中国では4年間毎年300件~400件くらいを決裁。
10年間トータルで1,500件くらいでしょうか。

契約審査案件の経験数として特別に多いわけではありませんが、一部上場企業の法務専任担当者として、それなりに幅広く色々な案件を経験できたかなとは思っています。
そこで、10年前にドキドキで会社の法務部で働き始めた過去の自分と同じような、新人法務マン向けの契約審査の心得として4つのポイントに私なりにまとめました。

心得1 契約審査に必要/有用なバックグラウンド

(1)やはりある程度の法律的素養・知識がないとキツイ

  • ここで言う「法律的素養・知識」は、「民法や商法とは何か?」「法律要件・法律効果とは何か?」といった制定法に関する勉強を何かしらしたことがあるとか、「具体的な事例に法令が適用された場合にどうなるか?」について自分の頭で考えたことがある、などを指しています。
    例えばですが、ナニワ金融道やカバチタレ(いずれもマンガです)を「面白い!」とまでは行かなくても、中身を自分なりに理解しながら読み進めるモチベーションを保てるなら適性はあると思います。
    しかし、「法律」と聞いて耳を塞ぎたくなるとか、全く興味が持てなくて辛いとかだと、やはりちょっと厳しい。
  • 「法律の知識の有無」と「法務マンに向いているかどうか」はまた別の問題ではありますが、法律的素養・知識は実務だけやってれば自然と身に付くというものでもないので、可能であれば何かしら法律系の資格試験(宅建や、行政書士とか。もちろん司法試験も。)を目指して勉強するのが良いと思います。

(2)会社のビジネスを理解する

  • 当たり前ですが、法律系の資格試験に受かっただけですぐに仕事ができるようにはなりません。
    おそらく法務マンに限らず、サラリーマンとして働くならど部門でも同じだと思いますが、自分の会社のことをきちんと理解する必要があります。
  • うちの会社は何で飯を食っているのか?例えば、製造業なら業界での立ち位置は?
    エンドユーザーへ自社ブランド品を販売して飯を食っているのか、完成品メーカーへ構成部品を供給するサプライヤーなのか、あるいは原材料を提供しているのか?などによって、自社に関係する商流、物流、ケアすべきリスクなどは当然変わってきます。
  • また、自分の会社にはどんな部署があり、その部署がどんな仕事をどんな手順で実施しており、実際にその部署で働いている人の顔と名前が出てくる、というレベルまで理解した方が良いです。
    真面目に1個1個愚直に案件をこなして行けば自然と自社ビジネスに対する理解は深まって行くんじゃないかと思いますが、ここまで理解できていると依頼部署からの信頼を獲得しやすくなります。

(3)わからないビジネス用語、社内用語は自分が腹落ちするまで確認する

  • よく「恥をかけるのは新人のうちだけ」みたいなことも言われますが、別に入社何年目だろうが知らないものは「絶対に確認する。恥とか外聞とか関係ない。自分が理解できるまで根掘り葉掘り聞く。」という気概が必要です。
    それでバカにして来たり、冷たい対応をする人は気にしないのが吉です。
    「あなたの仕事のことを教えてください。」と誠実にお願いされて嫌な顔をする人はそれほど多くありません。
    そのような質問に対して冷たい対応をする人は、単純に忙しいか、その人がまともに仕事をしていない(自信がない)など、要因は別にあることがほとんどなので気にする必要はないと思います。

心得2 審査受付け

受付手続(審査依頼書の運用など)をちゃんと設ける

  • 法務マンのスキル特性でも書きましたが、法務回答、特に契約書の修正案というのはストック型のノウハウになります。
    私は中国に赴任してからも、4,5年前に日本で自分が担当した案件の修正案を、本社法務部に頼んでデータベースなどから探してもらい、メールで送ってもらうというのが何回かありました。
    言語が違っても、似たような問題なら同じ内容を使い回せるんですよね。
  • なので、管理方法は各人・各社が置かれている状況次第ではあると思いますが、過去案件を探す必要が出たときに、「書庫のファイルをひっくり返して~」というのではなく、管理番号、案件名、受付日、依頼部署・担当者、回答日、回答内容、法務担当者などをデータベース化するという意味で、受付手続をしっかり設けた方が良いです。

心得3 契約審査に入る前に

過去案件の調査

  • 同一または類似案件の有無の確認。←これ極めて重要!!
  • 考え方は会社や人によって違うかもしれませんが、個人的には「過去回答を使い回せるなら、そのまま流用すればよい。流用できるのにしないのは時間の無駄。」と考えています。
    特に、中国に赴任してからは、少ない人数で案件を捌いて行く必要があったので、よりこの考えが強くなりました。
  • もちろん、過去回答がダメダメな場合もあるので(特に、現在とは大幅にビジネス環境が異なる大昔の案件など)、「過去回答を使い回せるか?」という点は慎重に吟味する必要があります。
  • あと、程度問題ですが、契約書の場合、「ひな形」が何年かに一度改訂されることがあります。
    そのような場合でも、変化点だけにフォーカスして、過去回答から変える必要がある箇所だけを重点指向で検討する方が効率的ですよね。
    (なお、変化点だけに注力するためには、上述の「過去回答の内容が適切である/信頼できる」ことが前提になります。)

ということで、個人的には、「審査受付」と「過去案件の調査」で契約審査業務の半分を占めると言っても過言ではないくらい重要と考えています。
ここまでの作業だけで契約審査が終わるケースも多いですからね。

心得4 契約審査の基本的姿勢

(1)意外と重要(だが忘れがち)

  • 契約当事者は誰か?
  • 契約相手が得意先(お客さん)か、仕入先か、外部委託業者か、で交渉や修正意見の付け方も変わる。
  • そもそも、依頼部署が「自分たちが誰と契約を締結しようとしているのか」を理解できていないケースがある。
ケース1

「日本のマザー工場で生産するのか、海外現地工場で生産するのか社内で決まっていないのに、得意先から基本契約の締結を要請されたので、とりあえず法務に審査依頼を出した」など。

ケース2

営業部門が新規の取引先と契約を締結したいという案件で、以下みたいなことが結構あります。
油断大敵。

  • 相手の「信用調査をやったのか?」(債権回収リスクの確認)を聞くと、
    ➤「最近5年間の業績をまとめた相手の資料を確認したし大丈夫」との営業部門の回答。
  • 念のため相手が提出した資料(最初は法務に未提示)を確認したら、契約しようとしている相手の会社は設立後半年程度しか経過しておらず、見せられた資料内容と一致しない。
    ➤怪しい会社だったというオチ

(2)基本は全文精読

  • 書いてある内容を「全て、正確に」理解する
  • おそらく「楽な道」「簡略化できる方法」はない
    あるとすれば、上記の「過去案件・回答の流用」だけだと思います。
余談

将来的な「楽な道」として、AI契約審査システムに個人的には期待しています。
なので、私は「早く人工知能による契約審査システムが確立しないかなあ」と思っています。
しかし、中国にいたときに業者さんに相談したこともありますが、2021年時点で実務に耐えうる(費用面含む)AI契約審査システムはまだまだ難しそうです。
最終的には「契約書の個別条項のイケてる修正案を瞬時に提示する」というレベルまで行けば当然ありがたいですが、とりあえず「過去案件との一致の程度」や「過去回答を流用可能か」を判定するAIシステムができたら、「契約審査業務は大幅に効率化されるのに」と常々考えています。

(3)修正案は最終的にフェア・公平にこだわる

  • 契約類型や自社がお金を出す立場(お客さん)なのか、などによって修正案作成の方針や考え方が変わっては来るのですが、結局、契約は相手ありきなので、相手と合意できなければただの紙くずです。
  • 一方で、たとえ自分が有利な立場だからと言って、不合理な契約条件を相手に押し付けても、実際の取引で相手が暗に陽に非協力的になる、最終的に取引関係がなくなるとか、相手との信頼関係を築けない/破壊してしまう可能性が高いです。
    また、そもそも法令違反のリスクが出てくる(いわゆる下請法など)ので、明らかに不合理・不公平な契約というのは、全体として見たときに良い方向には向かいません。交渉も長引いて苦労します。
  • そのため、会社トップの方針や最低価格(いわゆるボトムライン)など、理屈抜きに譲歩できない要素というのは仕方ないですが、最終的には「双方にとって、何がフェアか?/公平か?」という視点が重要だと考えています。
    「これは明らかにフェアではないので受け入れられない」という主張に対しては、仮に相手が得意先(お客さん)の立場でも反論は難しい。
  • 「フェアかどうか」というのは評価の問題で一般論で語ることは難しいですが、まあ、過去からの取引経緯、業界の取引慣行、規制法令の内容などを勘案すれば、どんな契約条件でも「大体落しどころこの辺りだろう」というラインは多かれ少なかれ存在することが多いです。
    また、だからこそ冒頭に掲げた「会社のビジネスを知る」というのが重要だったりもします。

まとめ

本記事と法律相談の心得を意識しながら日々の案件を誠実にこなしていれば、法務マンのスキル特性で書いたスキルは自然と身に付くのではと思います。
時間は必要ですが、法務マンのスキルを着実に磨き、有意義なキャリアパスを歩む仲間が増えるよう願っています。
最後までお読みいただきありがとうございました。

以上

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